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ギターと本が大好きな50歳おばさん。福井に生まれ、育ち、今も福井にいます。多分、もうずっと福井でしょう(笑)。
同級生だった夫「茶戌」と、大阪で修行中の娘「ちん」、私、の家族3人がドタバタと暮らしています。
  1995年2月に慢性骨髄性白血病を発病して20年、発病から15年間、毎日、インターフェロン投与(1200万単位/日)で、どうにか頑張ってきましたが、2009年は長年のインターフェロン投与による肝炎から肝硬変を併発し、インターフェロンを休止し、新たな闘いが始まりました。 2014年には寛解状態だった白血病が再発し、舌上皮内ガンの切除手術も受けました。
それでも楽しく生きて生きたい。…そんな日々の思いを、昔あこがれた深夜ラジオのDJ気取りで綴っていきたいと思っています。よろしく。
*ブログの中で、私の好きなアーティストやアルバムに関する写真、歌詞、作品等を著作権保有者の方に無断でアップすることがあります。できるだけ、いい作品を紹介し、著作権保有者の方にメリットがあるようにとの思いからの行為ですが、関係者の皆様にご迷惑をおかけするようなことがあれば、即刻削除いたしますので、どうぞご容赦ください。
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As Time Goes By

慢性骨髄性白血病とお付き合いして21年目。インターフェロン投与で頑張ってきましたが、とうとう肝臓が薬剤に耐えきれず、肝硬変にまで進んでしまいました。さらに2014 年3月、寛解状態だった白血病が再発し、舌上皮内ガンの切除手術も受けました。現在は、グリベック投与で頑張っています。
医療の進歩に期待と感謝しつつ、音楽を楽しみながらHappyに過ごしていきたいと思っています。
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    ○●○  明日檜(あすなろ):さだまさし  ○●○
    うつろひいつの間にか 各地 紅葉の便り
    私も 近場でいいから 紅葉狩りに行きたいですが…
    遠くから見る紅葉も、近くで1枚1枚のグラデーションを見るのも、どちらも好きです
    桜のあとなど 香りまで 落ち着きます


    このブログ、あまりに更新をしないために
    広告が出るようになってしまってました
    分かってはいましたが
    最低限の家事で精一杯で その他の時間は ほとんど横になっていないと 自宅での療養が難しくなってきていることや
    病状について書くならば
    ものすごく長くなりそうなこと
    当然 いい話には なりそうもないこと
    このブログは、病気ではない方、私を直接 ご存知の方も閲覧下さっているので
    ネット上で公開するには はばかられるようなこともあること などから
    ついつい 更新しそびれていました

    でも、前の記事にも書かせていただきましたが
    このブログの更新で 私の安否を確認下さっている お心ある方々に
    なんとか 生きていることを伝えたい気持ちもあって…

    今は、2週間ごとのCART(腹水を抜いて、抜いた腹水を濃縮ろ過して静脈に戻す)を継続中ですが
    病状は少しずつ悪化していて
    いよいよ腎機能も かなり悪くなって来ました
    保険適用の都合上、CARTは2週間毎にしか出来ないので
    昨日は 急きょ 1日入院して 腹水を抜いて 他人様のアルブミンを頂いて来ました
    (これなら保険適用するのです)
    それでも 腹水の増加が著しくなっているので 追い付きませんが、少しは楽になります

    吐き気や だるさ などは、インターフェロン時代からあるので もう慣れてますが
    今、1番困っているのは 筋肉の攣りが 酷いことです
    痛みだけは 耐えられません
    1日に延べ何時間も悶絶していると
    本当に 疲れきってしまうし
    毎夜のように 一晩中続いて 眠れないのもキツイです
    最近は トラウマになっていて 夜、寝ること自体、怖くなってしまいました
    やはり、日中の 筋肉の疲労が影響するので、最近は車椅子を買いましたが
    車椅子は15kgあって、自分で 外に出したり 始末することが出来ず(そんなことをしている間にも 攣ってしまうのです)
    結果的に 茶戌がいる休日にしか 使えないのが現状です
    調理や 洗濯も 手の攣りと闘いながら…
    しばらく立っているだけで 身体が固まってしまうので これまでの何倍もの体力と時間が かかります

    春頃から 急激に 病状が悪化して
    正直、毎日 「必死で駆け抜けた」感があって
    本当に 今年は あっという間に ここまで来た感じがします
    「こんな毎日なら 続くのも それなりの苦しみに過ぎないなあ」と、何度も思いますが
    でも やっぱり 例えば 来年、また この時季を迎えることが出来ていたなら おそらく その時、「去年の今頃は まだマシだったのにな」って思うんだろうな、と…


    今日 チョイスしたのは さださんの曲の中でも 特に暗い曲
    だけど、私は これまでの人生で
    つらいときに 所謂「元気ソング」や「説教ソング」を聞いて 元気になれたこともないし
    そういう習慣もない人間です
    こんな発言をすると いろんな方から お叱りの声をいただくでしょうね
    でも
    もう あと 私の人生、どれだけ残されているのか分からないのに
    今さら 世間様に 媚びへつらうなんて もう やめた!
    私は、悲しいときは 悲しいうたで
    自分の気持ちを昇華させてきた人間です
    悲しいうたに 自分の こころを乗せて
    泣きたければ泣きながら
    そうして 「悲しさを忘れながら」時間を積み上げていくうち
    楽しいこともある毎日に なって
    それが、人生の形になってきたと思う

    最近は 悲しいうたが あまり歓迎されないみたいだし
    ヘタすると 悲しむこと自体 悪のような雰囲気を 世の中から感じるけれど…
    だから 私も
    人前では あまりに悲しいうたや 暗いと言われるうたは 歌わないようにしていますが
    私が こころから うたを必要とするとき
    …それは 悲しい時が多いです
    別に 人に聞いてほしい訳ではないし
    だから私は リビングで ひとりでうたう時間が1番幸せなのかもしれないですね
    これは 前々から思っていたことなのですが
    今、ストンと 腹に落ちました(笑)


    若い頃は むしろ「あすなろ」という木に憧れた私ですが
    今は やっぱり 「あすなろ」がつらいです
    おそらく もう 私は 檜にはなれないと
    答えが見えてしまっているからでしょう


    ご心配を おかけして申し訳ありません
    そして
    祈っていて下さる、気にかけて下さっているだけでも こころから 感謝します
    けれど
    もし コメントなどに すぐに お返事出来なかったら ごめんなさい





    今宵もあなたに素敵な夢が訪れますように…


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      | さだまさし | 02:50 | comments(18) | trackbacks(0) |- pookmark
      ○●○  邪馬臺:さだまさし  ○●○
      うつろひ寒い!
      もうGWも過ぎて、5月も2週目だというのに…
      未だ、毛糸のカーディガンや、薄手とはいえコートが手放せず(>_<)
      灯油が残ると処理に困るから、と、4月半ば過ぎにファンヒーターの灯油が切れてから、新しく買うことはせずエアコンで過ごしていますが、こんなことなら灯油買ってもよかったな、と後悔してみたり…

      同じ人の曲ばかりにならないよう、曲のセレクトはなるべく いろんな方のものにしているのですが、ついこの前、さださんの「春告鳥」をセレクトしたばかりなのに、今日もさださんの曲…

      でも、どうしても今日は、この曲しか選べなかった
      いつも ダラダラ長い このブログ
      今日は一層長くなると思います すみません


      5月2日朝、私がユーレイ社員で勤めている3つの職場のうちの1つの職場の理事長の訃報が入りました
      85歳でした
      3月12日に 脳梗塞で倒れ ご自身の病院に入院されていた
      食事の内容から見て そろそろかな、という思いはあったので、驚き、というのはなかったのですが やっぱりショックでした

      理事長は 私の仕事の上での育ての父のような方でした
      大学を卒業して ある企業へ就職するも どこか違う、どこか違う、と思いながらの毎日の中、新規に事業を始めるにあたって専門職が必要で、たまたま私の専門とピッタリ条件が合っていたことから、私の恩師に声をかけて、私を引き抜いてくれたのです

      それから私は、それまでに勉強してきたことは、やはり畑違いの感があったので、知識と人脈を深めるために 働きながら この分野の勉強をするため進学すると告げたら 喜んで応援してくれたのも理事長でした

      そうして その新規事業を まだ若干24歳の小娘に 全面的に任せて下さった
      理事長と、事務局長、事務局員、私の4人でのスタート、
      休みもなく、分からないことばかりの大変な毎日、赤字財団で残業手当もなく、赤字だからということで夏にエアコンも使えず、職員はみんな辞めて行ってしまうし、毎日が修羅場でした
      でも 若かったから 私には夢があった  だから私自身は 辞める気はしなかった

      夢が少しずつ形になった頃 病気になり 抗ガン剤投与当初は まだ頑張れたものの 数年後には少しずつ 身体がキツくなって来て
      週に4日、3日、2日と 少しずつセーブしてもなお 理事長は私を信頼し 応援してくれました
      そのうち 理事長も肝ガンが発見され それからは「ガン仲間」としての 同志感のようなものもあったように思います
      「どっちが早く死ぬか競争ですね!」なんて冗談も言って来た
      その頃は 私は白血病で、理事長は肝ガンで逝くもの、と ぼんやりと思っていた
      けれど 人の運命は わからないものだと
      今回つくづく思いました

      頑固で 短気で 厳しい人だったので 職員からは嫌われていた
      今日の告別式での ご長男のご挨拶でも「父は自由奔放で 思ったことは曲げない、それゆえ よく叱り飛ばしていた、その犠牲になった方も多いことと思う、今、父に代わってお詫びする」と おっしゃられていたほど…。

      でも 私は1度も「叱られた」記憶がなく(それは単に私が鈍感なだけかもしれないけれど)
      いつ 私が新しい機材の導入や書籍の購入、人材の採用などをお願いしても たいてい 了承して下さったし
      私を いろんな勉強会に連れて行っては たくさんの先生方に紹介して下さった

      仏教を心から信じ、「阿弥陀様のおかげで」が口癖のようでした
      仏像彫刻や寺院建築、そしてシルクロード、そのシルクロードを描く平山郁夫氏などが大好きだった彼は、ご自身も 何度もシルクロードを旅して、キャンプを重ねながら楼蘭遺跡に辿り着いた時などは、本当に、帰国してから 嬉しそうにその話を何度も語ってくれました
      それらの旅行記や、寺院めぐり、仏像彫刻に関する本も、何冊も出版されていた…

      学会などで ご一緒する時や 気候のいい時などに
      理事長が行きたいお寺や 平山郁夫展などがあると、一緒に行ったりもしました

      東京での待ち合わせは、いつも理事長が好きだった「資生堂パーラー」だったな…
      所詮 30分程度の大急ぎの打ち合わせで、またそれぞれの目的地に向かうだけなのに…

      5月2日は ちんのところへ行っていて その夜 帰福の予定でした
      けれど 訃報を聞いてから 正直 家族で過ごしていても どこか落ち着かない自分がいました

      そして帰りの車を運転するとき
      BGMは何にしようか、真っ先に浮かんだのが この「邪馬臺」だったのです…

      「ああ かなしい程に 焦がれ続けた 幻の人が今
        きっと あなたを 抱きしめている…」

      もう 涙がこらえきれなかった
      いろんな思い出が一気に込み上げて来ました
      そうだ たぶん 私は 泣きたかったのでしょう


      翌日 納棺前に ひとめ お悔やみに行きたいと思い
      お顔を拝見したら きっと泣けてしまうだろう、と想像していたけれど
      …やっぱり泣けて来てしまった

      福井では 政財界の中心人物さえも動かすほどの方だったので
      お通夜や告別式は大きなものになり そのため GW明けを待とうということになりました
      しばらく時間があったし もう今後は泣かないだろう、と思っていたけれど
      お通夜でも 今日の告別式でも やはり泣けて来てしまい
      この記事を書いている今も 泣きながら綴っている始末

      ただでさえ 最近 仕事のモチベーションが上がってこない中
      自分の中の大きな支えを失ったような喪失感があります

      でも きっと 理事長は見ていてくれる
      そう信じて 今日は 帰宅後 今年度やろうと思っていることを
      ほんの少しでも 前に進めました


      理事長
      本当に ありがとうございました
      私も 与えられた運命を 幸せに 幸せに
      一生懸命 生きて行きます
      見ててくださいね


      本当は 「うつろひ」に収録されたものをお届けしたかったのですが
      ライブバージョンしか ありませんでした
      少し幻想的さは欠いたものの、当時私が なんとなく好きで 弾いてると それだけで気持ちよかったギターのメロディーラインは キレイに響いているので この動画をリンクします


      …今宵もあなたに素敵な夢が訪れますように…。


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        | さだまさし | 23:31 | comments(10) | trackbacks(0) |- pookmark
        ○●○  春告鳥:さだまさし  ○●○
        夢供養今日、仙台は桜開花のニュース
        福井の桜はもう 散り始め…
        本当に 毎年思うことですが 桜って咲いてる時間がほんの僅か
        いつ咲くか騒ぎ いつ散るか騒ぎ
        散ってしまった後は まるでそれが遠い昔のことだったかのように ただ静かに 日常に戻る人々
        桜のことなど 話題にもしなくなる
        その間も 桜は懸命に生きているのだけれど…

        3日は胃カメラ検査でした
        少しでも改善所見がみられたら最高だけど
        9割 それは あきらめて
        悪化していることさえなければ よしとしよう、と
        そう 心に決めて臨んだ検査でした

        結果、悪化はしていなかった
        いつまで これを繰り返していけるかは分からなくとも
        これでいい
        こうして今日も生きて行こう、と自分に言い聞かせ…

        学校の入学式も終わり
        朝 昼 子供たちが登下校する声が聞こえるようになりました
        私も 昨年度の報告書の作成、そして今年度のスタート
        私を支えてくれていた人たちの異動があって
        どうなるか不安もある中で とにかく ひとつひとつです

        ただ
        頑張ろう、楽しもう、幸せをきちんと認識しよう、
        …そう言い聞かせても 何故か、どこか気持ちがくじける
        考えてみると、やっぱり ここ最近、体調が万全、ということがないのです
        今は 首、背中、肩が痛くて 思うように動かせない
        見たいところに無造作に目を向けられない
        何をしていても すぐに 痛いほど肩がこる

        もしかして お正月に事故ったとき 実はムチウチをやっていたのかな、などと思いながら
        でも だとしても 今更 どうにも出来ず
        整形外科へ行ったところで 首を牽引するくらい…
        幸い 生活できないほどのことはないので
        これが私、と思いながら生きて行こうか、と…

        そんなことを考えていたら 
        やっぱり思い浮かんだのは さださんの「療養所」

          歳と共に誰もが子供に帰ってゆくと
          人は云うけれど それは多分嘘だ
          思い通りにとべない心と 動かぬ手足
          抱きしめて 燃え残る夢達

        おそらく 多くの 先輩諸氏は
        こんなふうに 思い通りに動かぬ手足、出来なくなったことを抱えながら
        日々 生きておられるのだろうと思ったら
        やっぱり 尊敬、って思ってしまった

        仙台の桜開花のニュースを見て
        あらためて 今年も 早春の衣笠に行けなかったことを思いました
        もう何年も行けてない、大好きな等持院
        心字池、侘助…それは、3年生の後半には、学校にいるのがつらかった中学をやっと卒業して
        これから新しくスタートするんだ、って自分に言い聞かせて行った ひとり旅で出会った風景でした

        そして衣笠を思うとき
        いつも 心に浮かぶのが この「春告鳥」
        かなしいうたですが 大好きです
        理屈臭い、という方もあろうかと思いますが
        この描写は いかにも さださんらしいと思う
        そして音がまた いかにも70年代後半を思わせる…
        どうしても 涙が抑えきれなくなる…

        そういえば 今年はまだ 鶯の鳴き声を聞いていない
        いつも リビングの私の特等席にいると聞こえて来たものですが…
        鳴いているのに 私のこころが それを受け止めていないのでしょうか
        それとも いよいよ 鶯の棲家がなくなってしまったのか…

        ただ
        今年はまだ咲かないのかな、と思っていた一才桜が 今頃 蕾をつけ始めました
        遅い春でも 私に春を運んでくれるかな…
        匂い桜は 少し前に咲き始め 玄関をいい香りにしてくれています

        ああ 今日は少しマトモなことを書こうと思っていたのに
        また 自分の日常を連ねただけで 長くなってしまいました
        ごめんなさい
        次こそは 少しマトモなことを書くようにします(^_^;)


        …今宵もあなたに素敵な夢が訪れますように…。


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          | さだまさし | 01:06 | comments(8) | trackbacks(0) |- pookmark
          ○●○  ひき潮:さだまさし  ○●○
          夢供養外は白い雪の夜…
          世の中の喧騒がすべてすべて どこかに消え去ってしまったように 白くて 静かな夜です
          明日の朝はきっと 渋滞で大変でしょう
          昔の私なら とても静かな気持ちではいられなかった夜
          今は そんな喧騒さえよそに 静かに過ごしています
          申し訳ない気持ちが否めない…

          先日 行きつけのお店の中の1軒に久しぶりに行ったら
          3月のライブに出てくれないかと言われました
          「考えておきます」と返事は保留してしまいましたが(>_<)
          少し前の私なら その場でお断りしていたと思う
          いつ入院になるか分からない身だったので
          先の約束は全く出来なかった
          今は ある意味 かなしいことだけれど 入院は出来ないことがハッキリして
          もし 入院するとしたら それは 吐血した時で
          そんなことは絶対にあって欲しくなく
          結果、「私のギター1本でも なんとか出来る気がしたら 出させてもらおう」と思えました
          本当は 私のギター1本では 技術がとても足りなくて 満足な形には出来ない
          それを思うと やっぱりお断りした方がいいか、と思うけれど
          私に気を遣って「出ないか」と言って下さったマスターのお気持ちを思うと
          エラそうに「お断り」だなんて、と思うし…

          こんな静かな夜は
          どんな曲をやろうか、いいなと思う曲をコピーして
          少しギターアレンジを練ろう、と思っていました
          でも ちょっとしたことで 気持ちがくじかれてしまって
          やっぱり 今日も弾けなかった
          最近 こんなことが多いのです
          前みたいに じっくり 落ち着いて弾くことが出来ない日が多い…

          それでも
          ライブに出れるかどうか 少し曲を練ってみよう、と思うようになれただけでも
          少し前に比べたら 進歩
          ちょっとでも 気を緩めたら 震えが出て来てしまいそうなほど
          恐怖感に満ちた日々でした
          気持ちを逃がすことに努めないと 怖くていられない、でも、
          逃がしていたら いつまでも現状は打開できなくて
          やっぱり向き合って 治療法や病院を画策するしかなかった

          …4月の検査までは、もう、考えない、と思っているけれど
          そこから先、もしかするとまた、あの日々が戻ってくるのかな、
          いや、それまでに「あって欲しくない事態が起こってしまったら」と
          やっぱり今でも 気を抜くと 暗い影がこころのなかに わき起こってきます


          このところ 福井は
          福井の冬らしく 雨や雪の多い毎日
          それでも ほんの短い時間でも お陽さまが射してまぶしい程だったりして
          「あっ☆」と思っている間に また雲に隠れて世界が灰色になったり
          …そんな当たり前のことに
          実は 最近気づいたのです
          発病以来 家にいることが多くて あまり外に関心がなかったのでしょう
          最近は 家にいても きっと 外に関心があるんだ、前よりは
          前は 天気の細かい変化になんて 気付きもしない毎日だったんだな、と
          最近 あらためて気づきました(^_^;)
          こんなふうに お天気も まぶしいほど陽が射すかと思えば
          次の瞬間 雪が舞い降りてきたりする
          積もった雪も いつか融けて
          でも また 白くあたりを覆って…

          人ひとりの人生なんて
          当然 この大自然のなかの小さな営みに過ぎなくて
          だから 人生なんていうものも 
          きっと こんなふうに いいことも悪いことも ずっと続くわけじゃないんだな、って…
          外の光の明るさを捉えながら そんな暢気なことを自分に言い聞かせています


          今日の記事もまた 何の情報もないどころか
          私の思いさえも綴られていない、なんだかなーの文章…
          こんなことを ダラダラとWeb上に載せてていいのかな、と
          少し罪悪感というか 自分で自分を情けなく思ったりしています

          でも たぶん 私って
          こんな程度の人間なのです
          まともに 何か 価値のあることを 人様に伝えられるような器ではないのです
          正直 Web上でなく お気に入りの大学ノートにでも綴っておけば十分なんだ(+_+;)


          今日 セレクトした曲は 以前も取り上げた曲
          再掲したのは もちろん 今夜の気分だかったからですが
          加えて 前回とりあげた時に自分でアップしたサイトが有料化されて
          お金を使ってまでサイトを維持しなかった私のサイトは必然的に閉鎖されてしまったので
          今はリンクが無効になっていること、
          そして、その間に、この曲が最初に収められた「夢供養」からのものではないけれども
          Live盤の「随想録」にボーナス盤として収められたVersionが、You Tubeにアップされていたので
          それをご紹介したくて 再掲しました
          中学の頃くらいまでは いつもノートをそばに置いて
          何か 思い浮かんだことや 詩なんかを綴っていました
          今は もう 詩は書けなくなっているけれど
          このブログと向き合う時 ほんの少しだけ あの頃に還っているつもりでいるのです


          昨年も 今頃は さだまさしさんの曲をとりあげてる
          相変わらず 雪降る夜は 中学時代に還る私です


          …今宵もあなたに素敵な夢が訪れますように…。


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            | さだまさし | 00:59 | comments(14) | trackbacks(0) |- pookmark
            ○●○  HAPPY BIRTHDAY : さだまさし  ○●○
            道化師のソネット虫の声…までは聴けずとも、朝夕の風は涼やかで
            確実に秋が近づいてきているのを感じています。
            まだまだ雲は低いところで 白く白く輝いていて
            空を見上げたら「夏空」ではあるけれど…。
            ただ、残暑というのは、もしかすると、それまでより日照が厳しいのか、それとも夏の疲れがあるからか、いよいよ日当りのいいところの花はくたびれて来ました。
            元気になってくれるといいのだけれど…

            8月21日、今日は ちんの21回目の誕生日でした。
            といっても、ちんはここにはいないし、
            昨夜0:00過ぎにメールをしただけで、
            今日は何のお祝いもなく。

            ただ、お盆休み18日に、バイトが休みだった ちんのところへ行って、
            家族3人で食事に行きました。
            本人の希望で「靴が欲しい」というので、靴を買いに行きましたが、
            やはり、私が育てたせいか貧乏性で、高い靴が選べない。
            3足買いましたが、3足で5000円でした。

            昨日、ちんの誕生日だなぁと思っていたら
            若い頃からの仕事仲間だった方の訃報。
            数年前、入院したとの話は聞いていましたが、仕事にも復帰されていると聞いて安心していました。
            でも、やっぱり、その後、また体調を崩し…。
            私より2歳上なだけの、まだまだ逝くには若い世代。
            どんなにか無念だっただろうと思い、
            そしてまた、その方との、そんなに多くはないけれども、一緒に仕事をした思い出などが思い出されて、淋しい気持ちでいっぱいになりました。

            この世に生まれてくる命
            この世を去って行く命
            …ただ 時間は それらをいちいち気にも留めずに流れていくのですが…

            私の命も、私のことを知っている、覚えている人がこの世に誰もいなくなった時には 完全に消えてなくなってしまうもの…
            それには、せいぜい150年くらいしかかからないでしょう。
            それでも、足掻いて足掻いて みんな 生きていくんですね。


            今日セレクトした曲は、「道化師のソネット」のB面だった曲。
            当時は 私は あまり好きではなく、やはり、A面だった「道化師のソネット」ばかりを聴いていました。
            でも、私がこれを聴いていた中学の頃、母は今の私よりいくらか若い、38,9歳だったと思いますが、母は、この ”HAPPY BIRTHDAY” が好きだと言っていた。
            私が聴く曲なんて、滅多に好きだとは言わない母だったので、珍しいなと思ってた。
            しかも、演歌調でもなく、どちらかというとアップテンポの曲なのに…って…

            今、私も、その当時の母の年齢を越えて、
            ようやく、母が「好きだ」と言っていた理由が分かる気がしています。

            母は「昨日までの君は死にました おめでとう おめでとう」というところが好きだと言っていた…
            でも、私は「ふーん」くらいの気持ち…
            あの頃は、昨日までの自分を殺す必要なんて感じていなかったし
            まだまだ好きなように変えて行ける、いや、むしろこれから形にしていくくらいの自由さで
            こんなふうに 思いを切り替えていくということが 想像できなかった。
            1番 生活も厳しかった頃で
            母は昼の仕事の他に 夜、レストランの皿洗いのアルバイトまでしていた…
            私は母に比べると なんの苦労もしていない
            なのに 不足の思いで生きている
            それでも 母を思うとき この曲を好きだと言った母を
            少し理解できるようにだけはなりました…

            ちんも ここ数年は毎年
            「私はみんなの誕生日に忘れずにメールしているのに
             誰も私の誕生日にメールをくれる子がいない
             誕生日なんて 全然うれしくない」
            と 嘆いていたけれど
            今年は バイト仲間がお祝いしてくれたようで よかった
            有難いことです…

            人の一生なんて
            長い長い時間の流れの中では 星屑みたいな「点」の時間でも
            こうして 生まれ変わりながら 生きていけたらいいな と思います

            いつも書くけれど
            幸せな瞬間を積み上げて行けば
            それは 幸せな人生になるはずだから…

            今年も ちんの誕生日を こうして迎えることが出来たこと
            本当に感謝します
            ありがとうございます


            …今宵もあなたに素敵な夢が訪れますように…。


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              | さだまさし | 00:34 | comments(11) | trackbacks(0) |- pookmark
              ○●○  風の篝火:さだまさし  ○●○
              夢供養紫陽花の姿を、あちこちで見かけるようになりました。
              なのに、ここ数日、雨がなく、少し可哀想な紫陽花…。
              立葵の花には強さを感じるのに
              紫陽花はいつも 乾いた中に咲いていると可哀想に思えてしまいます。
              夏至を過ぎて 朝は早く 夜は遅く…。
              夏が 近づいてる…。

              仕事の1つ目の山場を越えて
              祖母の葬儀も終わり
              ようやく 日常が戻ってきている気がします。

              相変わらず 骨折した指のリハビリには行っていますが
              先週あたりから、週に2〜3回に減らしてみています。

              ギターは いきなり弾くことは出来ませんが
              弾く前に 少しだけ 曲げる練習さえすれば とりあえず「形」には出来るようになりました。
              ただ、以前とは微妙に曲がる角度が違うようで
              指先の「タコ」の位置も以前とは微妙にズレているし
              以前と同じように押さえたつもりでも 音が濁るコードがあったり
              指をかばおうとして 以前と同じような弾き方を避けてしまったり
              …これから これは いつまで続くのか、もう、これに慣れて行くしかないのかな、と思ってみたり…。


              それにしても、骨折したのが春先でよかったなぁ、と思っています。
              寒い時期に向けて骨折していたら、もっと治りが悪かった気がする…。
              温かい時期で、どんどん暑くなってきているからこそ、
              指の調子も上がってくるような気がするのです。

              昔は、夏が好きだった私。
              雪の降る福井に生まれ育ち、冬場は雪のせいで我慢しないといけないことが多かった。
              夏は、日も長いし、何より、天気のせいで遊ぶ約束が流れることもなく
              朝は気持ちよく起きられるし それだけで得した気分になれるし
              …いいことが多いと思っていました。

              今は やっぱり ちょっと暑さに参ることも…(^_^;)
              なるべく、「夏が好きな」私でいようと、心がけてはいるのですが。


              先日、京都に嫁いだ幼馴染から、実家に帰省した折に
              その子の実家は、私の実家から山の方に10〜15分車を走らせたところにあるのですが、
              そこの田んぼには、今も蛍が乱舞していたと聞きました。
              私も、ちんが小さい頃は、春まだ早い頃に そのあたりの田んぼに出かけて、
              オタマジャクシの卵を採って来て、ちんと、カエルになるまで育てたりしていたのですが、
              (実家の周りには田んぼが少ないし、あっても、オタマジャクシの卵は見当たらなかったのです)

              やはり、あのあたりには 今でも 蛍がいるのか、と、
              今度、夕涼みがてら、観に行こうと思いました。

              我が家も、15年前、引っ越してきたときは、
              家の斜め前のマンションはまだ田んぼで、
              夏のある夕方、ちんと歩いていたら、蛍が数匹、飛び交っているのを見かけてうれしくなったのを思い出します。
              今は、すべて、マンションになってしまいました…。


              今日は、そんな蛍のはかなさに こころを映した曲、
              頭の中に流れてきた懐かしい さださんの曲をセレクトしました。
              さださんの この辺の曲は 
              いつも 私を 一瞬にして 中学時代に還してしまう…。
              そこに立ち止まったまま いれるのなら
              1番 戻りたいと思う頃です…。


              …今宵もあなたに素敵な夢が訪れますように…。


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                | さだまさし | 22:19 | comments(10) | trackbacks(0) |- pookmark
                ○●○  昔物語:さだまさし  ○●○
                うつろひ車を走らせていると、そこここで紫陽花を見かける。最近は、私の好きな立葵も元気をくれてる。
                思えば今年は、花を見に行っていない。
                なんとなく、余裕のない毎日。
                唯一、見に行ったのは、北野天満宮の梅くらい。あの時は食道狭窄を疑いながらも、その夜、ちんと、卒業間近のちんの彼、茶戌の4人で食事する約束で、そんな機会はもう当分ないだろうと、受診を遅らせて京都に残って見に行ったんだった。

                なんとなく、気ぜわしい毎日を送っています。
                でもそれは、たぶん、いいこと。
                数年前の、ほとんど引きこもりの頃に比べたら、心身の状態が良くなった証拠だし、忙しい気がしながらも、きっと、あの頃のように判で押したような毎日よりはいいんだろうと思います。

                月曜日、旧友、というか、私にとって、3人しか思い当たらない「親友」のひとりである、Fくんに会ってきました。
                彼は看護師をやっているので、平日が休み。
                休みの日は、彼が保育園のお迎えに行くそうで、それまでには帰らないといけないから、
                お昼ご飯でも食べようか、と。
                私も、午後からお仕事だったし、ちょうどいいわ、と、近所のファミレスで話し込んだのでした。

                以前、もしかすると「限りなく…」の方のブログだったかもしれないけれど、男女の間で親友というものは存在しえるか、というようなことを書いたような気がしますが、そう、Fくんは男だけれど、親友なのです。
                知り合って、40年になるけれど、その間1度もお互い恋愛感情を持ったことがない。
                これからも、持つ気がしない。
                けど、ある意味、もしかすると周囲が妬けるほどに、分かり合えてる気がする…。

                Fくんは、結婚は私とよく似た頃にしたのだけれど、
                なかなか子宝に恵まれず、ようやく恵まれたお嬢さんが今、中1。
                で、もう、諦めていたのだけれど、お嬢さんが小学生になって、「おねえちゃんになりたい」と言い出したことから、最後にもう1度だけ頑張ってみようと体外受精して恵まれたのが、双子ちゃんで、彼は「TWINS」と呼んでいた。そのTWINSは、まだ、保育園。
                俺が定年の時、TWINSはまだ19なんだよな、から始まって、
                今後の人生のためのステップアップについて、話し合うこと、しばし。

                彼とは、幼稚園で初めて知り合った。
                途中から入園してきたのだけれど、少し色素が少ないのか、
                肌も白く、髪も黒くなく、私から見たら瞳の色までが薄く感じられた。
                田舎育ちの私には、外国人というのは珍しく、当時はバスの中などでも、
                外国人が乗ってくると、少し怖くて緊張した。なるべく目が合わないようにしてた。

                だから、Fくんのことは、最初、外国人だと決めつけて、
                彼が入園してきた日から1週間くらいは、口もきけなかったのを思い出します…。

                それから中学卒業まで、ずっと同じ学校で、小学校高学年くらいから、特に仲良くなったように思います。
                あの頃は、私は家庭の事情に振り回されたり、
                中3の時には、同じバレー部の面々から「はずし」にあったこともあって、
                精神的に落ち着かない中、彼には、ホントに支えられたなぁ…。
                (いや、私も支えたと思うけど!笑)

                彼は当時、ずっとH美に片思い、いっつもH美のこんなところがいいんだ、という話をイヤというほど聞かされました。
                まぁ、私も、話はといえば、当時ずっと片思いしていたHくんのことばっかりだったように思うので、これは、お相子だけれど。

                そして、それは今も変わらず、奥さんのことをいっぱい聞かされました…。

                あっという間に時間が過ぎて、最後に彼は、
                娘がギターを弾きたいというから、
                体や家庭に無理のない中で、教えてやってくれないか、と、
                ついでに、娘は俺にそっくりで、くそ真面目に勉強するんだけど成果が出なくてな、
                よぴちちゃんの得意な「手の抜き方」も、教えてやってほしいんだ、と、
                私は、喜んで、でも、
                低レベルなギターと、勉強の仕方って、今でも分かってないくらいだから、
                どんだけ手を抜くかしか教えられないよ、
                その代わり、報酬の類は受け入れる気がしないけど、
                これって、ハイリスクな契約だと思うけどな、と答えて、別れました。

                あとでFくんから、今日はありがとう、ギターの話を妻と娘に話したら、
                とても喜んでいた、具体的なことはまた連絡するとメールが来ましたが、
                そこに、「長いこと会ってなかった気が、全然しなかった」と書かれているのを見て、
                私も初めて、「あ、そういえば、長いこと会ってなかったんだったな」と思い返しました。
                だって、話をしていて、通じない部分が1つもなかった。
                ちょっとFくんが話し出せば、その話の顛末がわかってしまう。
                同じ意見になってしまう。
                彼が話すのは「今」のことでも、
                彼は次男だけれど、お兄さんが養子に行ったため、今は実家を継いでいる。
                つまり、私の故郷に住んでいる。
                周りの人たちの話も、全部知っている人。
                知っている地名、知っている組織…。
                以前、仲良かった友達たちの近況をお互いに報告。
                同級生の散髪屋の息子が、地元で散髪屋をしているから、
                そこにFくんをはじめ、当時の連中は集まっている。
                よし、次回の同窓会の幹事は散髪屋にさせよう、って…。
                女子は、何人か私が今もつきあっている子達がいるから、
                そこから、かなり、つながるかな、と…。


                最後に会って話したのは、確か大学2年の時だったと思う。
                Fくんは短大を卒業して看護師になり、茅ケ崎へ行った。
                それからは、年賀状やメールだけで、会ってはいなかった…。
                数年前、彼が幹事で同窓会をやった時は、
                私は体調不良で参加できず、会場からFくんが携帯電話で電話をくれて、
                みんなに回して話をさせてくれました。
                ありがたかった…。
                けど、会ってはいなかったんですよね…。


                ただひとつ、気になったのは、
                「よぴちちゃん、全然変わってないなぁ…。
                けど、声が低くなった」
                って言われたこと。
                Fくん、そこは1番触れてはいけないところですよ(笑)!
                ちなみにFくんは、全く変わってませんでした。
                ただ、一時期、故・鈴木ヒロミツさんに似てたけど、
                少し痩せて、ヒロミツさんから少しだけ遠くなったね(笑)。


                …今日、セレクトしたのは、別に歌詞の内容は、私達には全く当てはまらないのですが、
                昔の仲間っていいなぁと、しみじみ思い出す、さださんの「昔物語」。
                この曲に出会ったのは高1の頃で、まだまだ実感はありませんでした。
                当然、そう好きでもありませんでした。
                特別、ギターが面白い曲でもなかったし…。
                でも、今、素直に聴けるようになった。

                そういえば、この曲に出会ってからも、すでに30年の年月を経ているんですね…。


                …今宵もあなたに素敵な夢が訪れますように…。



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                  | さだまさし | 02:49 | comments(6) | trackbacks(0) |- pookmark
                  ○●○  まほろば:さだまさし  ○●○
                  夢供養雪でした。
                  全国ニュースで福井が取り上げられました。
                  いつも、福井が取り上げられる時って、いいことではない気がします…。

                  もう何年も、大雪というような雪には出会ったことがなく、福井に住む者の感覚も少し麻痺していたところへ、ドカン、です。


                  私は、年末からの風邪をひきずったまま、それでも、
                  やらないといけないことをやったり、
                  少しでも精神的エネルギーの補給に遊びに行ったりしているうちに、
                  とうとう、先週末、39度の発熱に見舞われました(T_T)


                  なんとか、熱は下がったものの、鼻も喉も咳も、まだ止まらない。
                  ホントに、これ、スッキリ治るときなんて来るのかな、とさえ思ってしまうほど。


                  そんなところへ、
                  いつもこのブログで私が音楽をアップしていたVoxというサイトがType padに移行してくれとのことだったので、移行して続けていたら、
                  その、Type padから、4月から有料会員のみに対するサービスとなるので、
                  これからも続けたければ、有料会員になれ、という。


                  私は、正直、お金をかけてブログを続けるつもりはないのです。
                  ただでさえ、自分の医療費と道楽に十分、お金を使っていますから…。


                  いろいろ考えた結果、今後は、曲は、You Tubeをリンクするということで、
                  このブログ、続けていこうと思います。
                  今まで、かなりの曲をアップしてきましたが、
                  それらも、3月いっぱいで全て、消されてしまうようです。
                  なので、一刻も早くYou Tubeリンク、という形に切り替えたほうが、
                  今後、曲名で検索してたどり着いて下さった方に、
                  曲を聴いていただける確率が高いな、と思うので、
                  今日から、You Tubeリンクに切り替えようと思います。


                  さて、その話は置いて。

                  先日、金沢・ぷかぷかで知り合って、その後、縁あって福井へ転勤してこられたぐっちさんに誘われて、福井市内の「純喫茶・お伽草子」へ行きました。
                  そこは、マスターご夫妻を中心に、数名のお仲間たちで「お伽草子一座」なるフォークユニットを組んで、定期的に、「一座」を中心に、フォークライブやセッションをやる喫茶店のようでした。

                  そこのカウンターに座ったら、目に入ってきた小さなイーゼル。
                  そこには、万葉集の中の句が、1句、書かれていました。
                  マスターがおっしゃるには、毎日、1句ずつ、飾るということ。

                  「居明かして 君をば待たむ ぬばたまの
                           我が黒髪に 霜は降るとも」

                  …とたんに、私の頭の中で、今日、セレクトした「まほろば」が流れ始めました。
                  マスターにそのことを話しましたが、マスターは「まほろば」はご存じなく、
                  全くの私の勇み足でしたが。

                  この曲をいつも聴いていた中学時代、
                  実は、好きではあっても「1番」ではなかった、この曲。
                  なのに、今、歌うと、決まって最後まで歌うことが出来ないのです。
                  どうしても、サビのところで、鼻がツーンと来て、声が詰まってしまう。

                   
                  さっき、ごみ出しに出たら、
                  雪の降った後の夜の空気でした。突き刺さるような冷たさ。
                  大好きです。なんか、「澄んだ」気がするのです。明らかに、他の日とは違う。
                  そして、なぜか、雪が降る日も、その後も、静か。
                  全ての音や、世の中の汚れたものを、抱え込んで雪は降るような気がする。

                  その、雪の降るころに、必ず聴きたくなるのが、私にとってはこの、さだまさしさんなのです…。

                  …今宵もあなたに素敵な夢が訪れますように…。


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                    | さだまさし | 00:00 | comments(18) | trackbacks(0) |- pookmark
                    ○●○  距離(ディスタンス):さだまさし  ○●○
                     印象派この時期、道を歩いていると、どこからか、かすかにいい匂いがして来て、嬉しくなります。
                    先日も、実母が、草木を植えるスペースもままならない我が家に、ほんの少しのお裾分けにと、金木犀を何枝か切って、持ってきてくれました。
                    玄関に置くと、いい匂いがしましたが、ふと気付くと、小さな虫がいっぱい玄関中に!
                    慌てて、玄関前の外に出しました、、。


                    今ひとつ、元気がないままの私です。
                    ない、と言っても、あるんですけどね。
                    たぶん、普通の人よりは(笑)。

                    10月は、日頃のんびりしている私にしては、仕事もプライベートも忙しく、
                    そのひとつひとつが、私にとってはプレッシャーになっていて、
                    なかなか身体的にも精神的にも、本当に「のんびりする」ことが出来ずにいます。
                    いや、たぶん、精神的な問題でしょうね。
                    のんびりする、なんていうのは、時間的には1時間でも、
                    そう「自覚すれば」実感できるものだと思うので…。


                    ここにきて、ふと思ったのは、
                    最近の私は、あまりにも元気がないとギターを弾かなくなるな、ということ。

                    でも、ちょっと考えてみたら、昔の私は、元気がない時にも、ギターを弾いて、
                    それで元気になってたのに、という思いに行きあたった。

                    どうしてなんだろ。

                    明確な答えは未だ、出ないままだけれど、
                    以前と違うのは、最近は、フォーク酒場へ行くようになったこと。

                    知らず、「見せる」ことを意識しているんじゃないか。
                    だから、自分がやりたい、歌いたい、という感情の他に、
                    他人様から、どういう評価を受けるか、ということを少し意識するようになったんじゃないか、他人様からウケる曲は…? 他人様から、少しは評価してもらえるようなギターテクが含まれる曲は…?

                    もちろん、それを意識して、「新たに練習する」というのは、
                    それはそれで、すごく大事なことだなぁ、とは思っています。
                    そういう気持ちがないと、きっと新鮮でいられないし、どんどん落ちて行くだけなんだろうと思うから…。

                    でも、そのことの方が、私の心の中を占める割合が大きくなって、
                    元気がある時にしか歌えなくなったら、
                    なんか、それは、違うんじゃないか、と、
                    当たり前のことですが、ハッと気付かされたのです。


                    私は、ギターも歌も上手くないので、
                    ちょっと洒落たリズムの曲とか、難しいフィンガリングが必要な曲は、
                    結構、力を入れないと、気楽には出来ない。
                    本気で歌うのも、体力を使うので、結構、疲れる。

                    だから、本当に気楽に出来るのは、やっぱり、中学・高校の時にイヤと言う程聞いた、フォークやニューミュージック。
                    それを、鼻歌のように、気楽に歌う。
                    しかも、それらの曲は、
                    それを聴いていた頃の自分の、いろんなことを思い出して、
                    頑張ってたなぁ、と、
                    まるで、自分の子に目を細める親のような気分で、あの頃の自分を見たりして、
                    なんとなく、また、やっていこうか、と思えたりする。
                    あの頃の自分は、毎日、いろんなことに悩んで、
                    人を傷つけたこともあったと思うし、
                    自分を好きにはなれなかったり、そんなに生きるのを楽しんでもいなかったし、
                    でも、もう、今、すべて、許せるんですよね、あの頃の自分は。

                    そして、欲にからんでいたり、変なプライドだけ高くなってたりする、
                    そんな、「今の」自分に少し「言い聞かせて」、楽にすることもできたりする…。

                    原点回帰、今、ちょっと、そんな気持ち。
                    時々、こう思ってるのに、気がつくと、また走り過ぎてる。
                    原点回帰を意識することは、
                    私には定期的なメンテナンスとして必要みたいです。


                    今日、お届けする曲は、高校1年の冬かな、このアルバムとの出会いは…。
                    イントロのギターをコピーしたくて、仕方なかった。
                    さすが、Simon's ギターに魅せられていたさださんらしい、アレンジ。
                    歌詞ももちろん好きだったけれど、今思えば、まだまだ実感伴わず(^_^;)
                    私は、研修なんかのほんのわずかな間しか、都会で生活したことはない。
                    でも、人が「帰る」ところというのは、地域的な故郷ばかりではないでしょう。
                    今、歌詞をしみじみ実感しつつ、まだこの曲を聴いています。



                    …今宵もあなたに素敵な夢が訪れますように。


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                      | さだまさし | 16:05 | comments(6) | trackbacks(0) |- pookmark
                      ○●○  木根川橋:さだまさし  ○●○
                      夢供養今日の福井は冷え込んでいます。
                      1週間ほど前、もう、完全に春が来たかと思う程、暖かい日が続いて、週に1度、定期的に配達に来る生協の灯油の宅配も、そろそろ調整せねば、と思っていたくらい。
                      けれど、毎年このブログに書いてる気がしますが、私の記憶では、福井は必ず県立高校か福井大学の入試または合格発表の頃に雪が降るのです。


                      1週間ほど前の、あの暖かい頃には、「さすがに、あのジンクスも今年は破られるかなぁ」などと思っていたのですが、やっぱり、これはどうにもお約束のよう。
                      守らなくちゃならない理由でもあるかのように、今年もなごり雪が降りそうです。

                      私自身は、3月お別れの季節、ということからは、ずいぶん遠ざかっているのですが、ちんを授かったおかげで、ちんの学校の節目に合わせて、ほんの少し、3月は別れの季節、というのを未だに味わっています。
                      小学校から中学校に行く時は、ちんの小学校からは、私立や、大学付属の学校に行く子でない限り、みんな地元公立の中学に進学だったので(同じ小学校から地域的に複数の中学に分かれることはなかった)、そういう意味ではそれほど別れを意識することもなかったのですが、中学卒業の時はさすがに、ちんが仲良くさせていただいていた子とも、高校は分かれてしまったし、みんなそれぞれの進路に向けバラバラになったので、少し、感慨深かった。

                      今回、高校は、それがより強く実感されています。
                      何せ、中学から別れる時は、学校は分かれても、引っ越しでもしない限り、みんな、今までの家に行けば会えたわけだし、実際、その辺をウロウロしていても、会うこともよくあったし。
                      でも、今回は、高校の友達とはもちろんのこと、小中学校時代の友達たちとさえ、実際に生活の拠点がバラバラになる…。

                      ちんは、それが自分の夢につながるわけだし、
                      イマドキは、ケータイなどと言うモノがあって、
                      いくらでもメールで交われるわけだし、
                      さほど「別れ」を意識しているふうはなさそうです。
                      でも、どうにもアナログ世代の私は、勝手にいろいろ考えて、
                      勝手にこっちがグッと来てたりします…(←バカ!笑)。

                      16日の日に、中学の3年の時のクラスで1度集まろうとメールが来たらしい。
                      マメな子がいるおかげで、こうして何かあるたびに顔を合わせることが出来る。
                      みんなバラバラになる前に、今一度連絡先の確認や交換も含め、顔を合わせておこうよと言うことなのでしょう。
                      つくづく便利になったな、と思う。

                      私の頃は、固定電話しかないし、
                      大学の合格発表があってから大急ぎでみんな下宿を探し、
                      そこの電話番号なんて、なかなかみんなに連絡しているひまもなく、
                      実際、下宿には電話がない、ということも珍しくはなかったし、
                      実家さえ、ご両親の転勤などで引っ越してしまった日には、
                      本格的に連絡のとりようもなく、
                      それっきりになってしまうことも、よくあった。
                      連絡先を知らせるなんてホントに仲が良かった数人だけ、と言うことが多かったから、
                      とりあえず同じクラスだった、くらいでは、連絡が来なかったり。
                      浪人して予備校に行った子など、翌年、大学合格した頃には、もう、前の住所にもいなくなっていて、それもまた、連絡が取れず…。
                      今は、どこにいようとも、メールアドレスさえ分かれば連絡がとれる。
                      アドレス変更も、一斉にお知らせできるし。

                      私は今は、高校のクラス会があっても、悲しいことに、そんなに行きたくもなくなっている。高校は、進路によって毎年クラスが変わって、ホントに仲良しの友達は、結局部活が同じだった子くらいしかできなかった。
                      常に、「大学入試」と言うモノの前に、全員がライバルだったし、
                      未だに、たまに集まっても、どんな素晴らしいところに就職したかとか、子供がどれほど出来るのかということが大前提の話題が多かったりで楽しくない。

                      でも、中学の同窓会は、みんないろんな生き方をしていて、すごく楽しい。
                      そもそも、地域でも、下から数えて1・2を争う偏差値の中学だったし、
                      どれくらい勉強してないか、が自慢の種になるような中学だったので、
                      その後、みんながホントにいろんな生き方で、それなりに人生を謳歌してる感じが、
                      とても心地いい。
                      ただ、福井と言う田舎で、この齢になると、同窓会は「芦原温泉」で、と言うことが多く、今や、畳の上には座れなくなっている私は、今後もし同窓会があっても出席できないのですが…。前に行った時は、「なんや、よぴちは必ずギターを持ってくると思ったのに。次は必ずギターを持ってきてくれよ!」と、盛り上がったんだけどな…。

                      今日は、そんな、私たち世代の「ちょっと昔の」同窓会の曲をお届けします。
                      好きな子の出席番号にこだわるとか、そういう感じ、すごくわかる。
                      私も、中学時代、好きだった子が野球部でファーストだったので、
                      それに合わせて、自分のバレーボールの背番号を「3」にしてましたからね(笑)。
                      中学は赤い瓦の木造校舎で、校歌にさえ「赤き甍の我らが学び舎」と詠われているのですが、今や、「テッコンキンクリート」の校舎です…。


                      …今宵もあなたに素敵な夢が訪れますように…。

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