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ギターと本が大好きな50歳おばさん。福井に生まれ、育ち、今も福井にいます。多分、もうずっと福井でしょう(笑)。
同級生だった夫「茶戌」と、大阪で修行中の娘「ちん」、私、の家族3人がドタバタと暮らしています。
  1995年2月に慢性骨髄性白血病を発病して20年、発病から15年間、毎日、インターフェロン投与(1200万単位/日)で、どうにか頑張ってきましたが、2009年は長年のインターフェロン投与による肝炎から肝硬変を併発し、インターフェロンを休止し、新たな闘いが始まりました。 2014年には寛解状態だった白血病が再発し、舌上皮内ガンの切除手術も受けました。
それでも楽しく生きて生きたい。…そんな日々の思いを、昔あこがれた深夜ラジオのDJ気取りで綴っていきたいと思っています。よろしく。
*ブログの中で、私の好きなアーティストやアルバムに関する写真、歌詞、作品等を著作権保有者の方に無断でアップすることがあります。できるだけ、いい作品を紹介し、著作権保有者の方にメリットがあるようにとの思いからの行為ですが、関係者の皆様にご迷惑をおかけするようなことがあれば、即刻削除いたしますので、どうぞご容赦ください。
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As Time Goes By

慢性骨髄性白血病とお付き合いして21年目。インターフェロン投与で頑張ってきましたが、とうとう肝臓が薬剤に耐えきれず、肝硬変にまで進んでしまいました。さらに2014 年3月、寛解状態だった白血病が再発し、舌上皮内ガンの切除手術も受けました。現在は、グリベック投与で頑張っています。
医療の進歩に期待と感謝しつつ、音楽を楽しみながらHappyに過ごしていきたいと思っています。
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    ○●○  雪:猫  ○●○
    雪雪でした。
    今も降っています。
    確実に、次の入院が早まるなぁとわかりながら、
    雪かきをしないわけにはいかず。
    「無理しないで」と、みんな言ってくれるけど、雪かきをしなかったら、玄関ドアを開けてから、1歩も外に出れないので…。

    この曲を聴いていて思い出した、私の淡い中学時代のできごと…。
    中学時代も、私はギターと恋とバレーボールしかない毎日を過ごしていたのですが、
    恋の方はさっぱり、結局小6の時から、高1の時まで、ず〜っと同じ人を好きでいましたが、片想いでした。告白する勇気もないまま、その人が○○さんに気があるらしいような噂に悲しんだり、竹内まりやさんが好きだと聞いて、私とは似ても似つかない、あんな美人で頭もいい人が好きだなんて、もう駄目だと嘆いたり。

    そんな中、いつも練習試合で行ったり来たりしていた、隣の中学のバレー部に、コーチとして顔を出している、その中学の男子バレー部のOBで、その時は高校生だった、私より2つ上の人から、なんとこの私が、告白されたのです。

    それまで、男勝りで誰も私のことは女だとは思ってもいないだろう、
    ホントはテニス部に入りたいけど、私があんな短いスコートなんか履いてテニスしてたら、みんなひっくり返っちゃうだろう、などと、
    いろんなことを考えて、自分には、普通の女の子としての日常はないものだと諦めていた私。
    それが、いきなりの告白で、戸惑うこと、この上なし。
    でも、バレー部のみんなが、今思えば「面白半分の冷やかし」で、「付き合え、付き合え」というし、片想いのH君は、全くお付き合いできるような可能性はないし…で、とりあえず、ハイとお返事したのです。

    しかし私は、たとえ片思いであっても、自分が好きなH君を、自分自身が裏切ってはいけない、あくまでも私は、H君を思い続けるのが「義」というものだと思っていたのでしょうか、何か、自分が疾しいことをしているような罪悪感を、心のどこかで感じていました。

      で、その彼はときどき、練習試合でなくてもわが中学のバレー部の練習に、数人の隣中学のバレー部OBと共に顔を出すようになり、帰りに、バス停までみんなで帰る、ということが多くなりました。

    その日も、みんなで帰っていたのですが、雪が降る日でした。
    帰りにも雪が降ってきました。でも、彼は傘を持っていませんでした。
    みんなが、相合傘で帰れとはやす。
    私は、なんとなく気が進まない。
    でも、かといって自分だけ傘をさして、彼が雪で濡れるのを見過ごすこともできず。
    小さな折り畳み傘では、結局二人とも濡れるだけで、
    濡れないようにくっつくのは照れくさいし、気が進まないし、
    相合傘とか、そんな、「お話したり、文通したりするんじゃない行為」は、どこか「汚い」ように思えて、早く、バス停に着くと良いなと祈りながら歩いたのを思い出します。

    その後、彼は私が、心のどこかでH君のことを忘れられずにいることを察して、
    私が受験の年になったことにひっかけて、
    彼の方から、「よぴちみたいな、○○高校に行くような優等生(注:全然、そうじゃないんだけど…)に、××高校の俺は、ふさわしくないから」と、向こうから別れの手紙を送ってきました。
    少しでも、彼の方が大人でした。私は、どうしていいかわからなかった。でも、ここで、彼を傷つけないためにと、手紙の内容を否定するようなことを言って、今までの関係を続けるのは、違う気がした。
    つらかった。
    これは罰だと思いました。人の心を傷つけた罰。
    だから、自分が傷つくんだ、と…。

    松山千春さんのファンだった彼が、暗いけど「窓」という曲が好きだと云っていた。
    学校では浮いていて、全然楽しくなくて、と云っていた。

    結婚して、私は病気になって、いつ頃だったろうか、もう6〜7年前になると思いますが、ある日、新聞のお悔やみ欄に、彼の名前を見つけた。
    住所も年齢も、間違いなく彼のものだった。
    喪主は長男○○さんとなっていた。
    奥さん、お子さんを置いて、逝かなければならなかった彼の気持ちは、今の私には特に、察するに余りある。
    ご冥福と、残された奥様とお子様のご多幸ををお祈りするばかりです…。


    雪が降るから、今日は恥ずかしながら自分の淡い思い出話になってしまいました…。
    雪って、面倒だし寒いし、嫌いなんだけど、
    暖かい部屋の中で見る分には、「汚い」ものを落としてくれるかのような、
    そんな、ものでもあります…。

    …今宵もあなたに素敵な夢が訪れますように…。

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                                 雪 → 


    JUGEMテーマ:70年代・80年代
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      | | 11:40 | comments(14) | trackbacks(0) |- pookmark