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ギターと本が大好きな50歳おばさん。福井に生まれ、育ち、今も福井にいます。多分、もうずっと福井でしょう(笑)。
同級生だった夫「茶戌」と、大阪で修行中の娘「ちん」、私、の家族3人がドタバタと暮らしています。
  1995年2月に慢性骨髄性白血病を発病して20年、発病から15年間、毎日、インターフェロン投与(1200万単位/日)で、どうにか頑張ってきましたが、2009年は長年のインターフェロン投与による肝炎から肝硬変を併発し、インターフェロンを休止し、新たな闘いが始まりました。 2014年には寛解状態だった白血病が再発し、舌上皮内ガンの切除手術も受けました。
それでも楽しく生きて生きたい。…そんな日々の思いを、昔あこがれた深夜ラジオのDJ気取りで綴っていきたいと思っています。よろしく。
*ブログの中で、私の好きなアーティストやアルバムに関する写真、歌詞、作品等を著作権保有者の方に無断でアップすることがあります。できるだけ、いい作品を紹介し、著作権保有者の方にメリットがあるようにとの思いからの行為ですが、関係者の皆様にご迷惑をおかけするようなことがあれば、即刻削除いたしますので、どうぞご容赦ください。
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As Time Goes By

慢性骨髄性白血病とお付き合いして21年目。インターフェロン投与で頑張ってきましたが、とうとう肝臓が薬剤に耐えきれず、肝硬変にまで進んでしまいました。さらに2014 年3月、寛解状態だった白血病が再発し、舌上皮内ガンの切除手術も受けました。現在は、グリベック投与で頑張っています。
医療の進歩に期待と感謝しつつ、音楽を楽しみながらHappyに過ごしていきたいと思っています。
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    ○●○  思い込み:小椋佳(再掲)  ○●○
    夢追い人先週末に引き続き、今週も、太平洋側で大雪が降っているよう…
    福井も2月の立春あたりから、ずっと最高気温が5度以下、最低気温が氷点下になることも多い毎日ですが、太平洋側で大雪が降っている時は、あまり降らない、という現象が続いています
    茶戌や ちんの 出勤や登校の心配をしなくて済むようになってからは 以前ほど 雪の心配もなくなりました

    出かける心配をしなくて済むなら
    そして
    「大雪」…まあ、雪国に生まれ育った私の感覚では、ひと晩で50cm以上も降るようなことがなければ
    雪の降る夜は 静かで とても好きな時間でもあります

    最近 久しぶりにまた 小椋佳さんや塚原将さんの詩集をひっぱり出してきて
    夜 眠りへの誘いに読んでいます
    中学時代へ還る…

    記憶が定かではないのですが昨年11月の下旬くらいから 口内炎が出来て
    舌の、主に左側が ただれて痛みます
    (それでも食い気は止まらず(>_<) 一向に痩せません!)
    病気になってからは よくあることだったので 最初は気にせずにいたのですが
    年が明けてからも治らず むしろ酷くなることもあるくらいで
    いい加減、「ちょっとヤバイかな」と不安になってきました
    前の受診の時にも 血液内科主治医にチラッと話しましたが
    当然のように流されて
    でも 次の受診の時には もう少し食い下がってみようと思います
    本当は 言いだしたくはない
    もし 何か大袈裟な治療が必要だったら この平穏な日常を失うことになる
    母が思うように 私だって
    このまま そーっと 今日と同じ明日を迎え続けて行きたいのです


    考え始めると 最終的に行きつく先は 不安ばかり
    でも そうやって ひとりで考えていても 何も解決はしない
    だから
    日頃は 考えないように、考えないように、
    今、やるべきこと、やりたいこと、に集中するように、と思っています


    そんな中、小椋さんや塚原さんの「言葉」は
    本当に よく吟味されていて
    ものすごく 私好みで
    しかも 1番還りたいと思う時間に 私を連れて行ってくれる
    雪降る夜には 本当は 中村雅俊さんが歌った「時」のB面だった「慣れてしまった もの思い」という曲をお届けしたいのです
    でも YouTube探しても みつからなかった
    いずれ 気持ちに余裕のある時に 私がアップしようかな、と思います

    中学の冬、というと
    やっぱり3年生の今頃を 1番思い出します
    受験の頃…
    小学校の時から ずっと片想いだったH君は 私と同じ「学校群」を受けると聞いていました
    けれど H君は ほんの少し 危なかった
    安全圏内に入ることが出来ないまま 受験を迎えました
    当時 福井では普通科には「学校群制度」という、F高とK高2校一括で募集して、合格者を勝手に2校に振り分ける、という制度が施行されていました
    が、K高には理数科もあって、そこは若干、ボーダーが低かった
    なのでH君は 安全牌の理数科を受験することになったのです
    私は、合格発表の日まで、ひたすら祈りました
    まずは合格すること、そしてそれと同じくらい「K高になりますように」と…

    結果、同じK高になり、卒業式の前の日に、初めて手紙をもらって、
    4月からは、何かいいことありそうな、そんな幸せな毎日だったのを思い出します
    結局、何もなかったんですけどね(笑)
    片想い、実ったことがない私ですから(^_^;)

    還りたい2月は「ドキドキ」と、受験の年は豪雪で、毎日雪深く、静かだった、
    …そんな 今思えば おだやかな日々でした


    暖かくなれば
    きっと いいことある
    ちょっと面倒に思うことも とにかく1日1日歩いて行けば…

    今日は再掲、「思い込み」

     ♪ 疲れたという気がしてるのは
      汚れたはずの手のひらに
          オモチャが残っているからなんでしょう


    …今、手のひらに残っていたオモチャで
    もう1度 楽しむことが出来ていることに 感謝します(*^_^*)



    今宵もあなたに素敵な夢が訪れますように…


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      | 小椋佳 | 22:09 | comments(10) | trackbacks(0) |- pookmark
      ○●○  流れるなら:小椋佳  ○●○
      瞬間今年も残すところ あと5日…
      本当に早かった
      いつもこう書いている気がしますが、今年は本当に、本当にそう感じました
      1日1日 充実していたはず、だからそう感じるのだと思いたい
      そして何故か いつもより寒い毎日に感じるのは
      齢のせいなのでしょうか…
      福井は今日も雪まじりです

      前回の記事から1ヶ月以上も更新できませんでした
      正直 書けなかった
      気持ちに余裕がなくて…

      誰も 知りたくもない、私の現状など
      淡々と書くのは はばかられて
      でも 何か他の話題で記事を書くだけの気持ちの余裕がなく
      結果、長く更新できなかった

      現状では
      いずれ大出血、死に至る可能性は限りなく高いけれど
      治療は不可能、というところで話は終わっています

      ただ 北陸の田舎では 珍しい症例で、治療を経験した医師がいなくても
      東京など都会へ行けば 成功例を経験した医師がいるかもしれない
      …そのわずかな期待にかけて
      今、まず、主治医が東京のある病院の医師に、相談してくれています

      その医師からも 治療不可能、と言われても
      とにかく
      諦めるわけにはいかないのです
      それは ただ 死を待つことになり
      そんな毎日には 1分1秒さえ 耐えられそうにない…

      おそらく
      見つかるまで ずっと 探し続けることになるでしょう
      たとえ 結局 見つからないまま 「その日」を迎えることになっても
      探し続けて「見つかるかもしれない」と希望を持ちながらでないと
      日々を過ごせそうにないから…


      でも いつも書きますが
      こんな人生の終わり方は ちょっとカッコ良すぎる気がするのです
      「寿命」というには少し若いし
      元気で まだ 皆さんと 楽しく過ごしながら
      突然 逝くなんて…
      人は 人生を終えると 少し「いいひと」になってしまう
      早く逝くと 私のことを覚えている人たちが
      まだ 長く 生きることになって
      少しは 「いいひと」になって 記憶されてしまう
      …そんな人生が 自分に用意されているとは思えない
      きっと きっと
      「いつも 死にそう、死にそう、って大騒ぎしながら
       結構 長く生きてるよね〜」って
      笑われながらの人生が 私には相当だと思うのです


      TVを観ない私は どんな番組が いつ放送されるのかも知らずにいて
      だから当然 録画予約など出来るはずもなく
      でも 我が家のTV係、茶戌が この間のSONGSを録画しておいてくれました
      小椋佳さんでした

      私の好きな「流れるまま」が TVのスピーカーから流れてくるのを聴いたら
      やっぱり 無条件に涙があふれた
      この曲は 私の感覚では
      すでに 小椋さんの「初期」ではなくて
      波に乗った売れっ子になってからの 少し「歌謡曲」っぽいメロディーラインや、
      そういうドラマチックなアレンジになってからの曲
      それでも やっぱり、小椋さんのメロディー、声、音、
      それらに たまらなく 私がたぶん1番還りたいと思う時代が詰まっていて
      どうしても 涙が出て来てしまうのです


      このブログのタイトルを考えたとき
      「先のことを考えて そこに向けて積み上げる人生ではなくて
       流れのままに流れて行こう、振り返った時に出来ている歳月が私の人生、というのでいいから」という思いを込めて As Time Goes By に決めた
      この「流れるまま」の曲の様に おだやかな時間の中に 身を任せていたい
      今日と同じような時間を 明日も迎えていたかった
      でも これからしばらくは 「変化」のために動かなければなりません
      「変化」なんて 私の望むところではない
      だから逃げたい
      でも 逃げ切れない
      「なのに何故 このこころは流れに逆らう…」
      誰しも 逆らいたくなんかないなかで 逆らって行くのでしょう
      …とにかく 歩いて行かなければ
      元来 めんどくさがりの自分を 高揚させています


      「次は 明るい記事を」と思ったけれど
      やっぱり 暗い記事ですみません

      今年のうちに また記事を更新できるかどうかわからないので
      少し早いですが 今日 言わせてください

      今年も1年 本当にお世話になりました
      いつも こんな ダラダラ 内容もない文章にお付き合いくださって
      励ましのお言葉を たくさん いただいて
      私はとても幸せでした
      ありがとうございました

      来年もまた よろしければ おつきあいくださいね♪

      そして
      皆さま よいお年をお迎えください
      新しい年が きっときっと
      素敵な365日で ありますように…☆


      …今宵もあなたに素敵な夢が訪れますように…。


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        | 小椋佳 | 00:15 | comments(22) | trackbacks(0) |- pookmark
        ○●○  思い込み:小椋 佳  ○●○
        夢追い人今日は、我が家の近くの小学校の運動会だったらしく、朝から、にぎやかな音が聞こえて来ました。
        ちんも通った学校、我が家は近いだけでなく、周囲の建物の関係もあるのか、風や音の「溜まり場」のようで、学校の生活が手に取るようにわかるのです…。
        屋外で何かをやるのが 少し心地よく感じられる頃…。

        この前のブログで、オービスに捕まっちゃったことを書きましたが、
        あれから、「呼び出し状」はまだ来ていませんが、なんとなく、心が晴れない毎日を送っています。
        むしろ、「赤紙」が来た方が、気持ちが落ち着くんじゃないかと思うほど。もう、粛々と、言われた通りこなして、罰を受けるぞ、って…。

        こんなふうに、気持ちが落ちた時は、いつもならギターを弾くところなのですが、
        今回は、そのギターさえも、弾く気にならないことも多くて…。
        普段、私は煙草を吸うようにギターを弾く人間で、
        なんとなく、5分か10分弾くと、いったん落ち着いて、また、何かの作業にかかる、ということがほとんどです。
        何時間もまとめて弾くことは少ないのですが、
        気分がノッている時などは、何時間でも弾いたりするので、
        今回も、集中して仕事をした日などは、早い時間から「よし、今日はギターを弾き倒そう!」と思いはするものの、
        いざとなると、やはり、ギターを抱える気になれないまま、ぼんやりと過ごしているのです…。

        おかげで、仕事や、家の中のことで、やらなくちゃ、と思いながら日延びしていたことなどは、少しでも片付きましたが…。

        そんな折、ブログ友達の凜太郎さんのブログに、蚊取線香のことが書かれていました。
        私は、電子蚊取○ープの匂いが大好きで、好きすぎるゆえに、○ープを使い始めてからは、蚊取線香は家の中で使うことはなくなってしまったのです。

        でも、たった1つの場面でのみ、結構最近まで、蚊取線香を使ってた…

        それは、浜辺でギターを弾く時だったのです…

        なぜ「過去形」かというと、最近、本当にしていないなぁ、と思うから…


        ちんや茶戌がいた頃は、暑い季節には涼しくなった夜に
        気持ちのいい季節には 日中にでも
        よく海へ出かけて 営業終了後の浜茶屋や、何のためか分からないけど浜辺に置いてある小さな船や、船着き場に下りる石段などに腰かけて
        ギターまでは持っていけなくとも、車に積んだギタレレを弾いては歌ったものでした…

        どうにも私には そういう「性質」があるらしく
        学生時代も 実家から自転車で20〜30分の海へ出かけては
        ひとりでギターを弾いていました
        前にも書いたかと思いますが、よく北朝鮮へ連れて行かれなかったなぁと思うほど…(^_^;)

        で、その時、ひとつ困ったのが、浜辺には結構、蚊がいる、ということなのです…。
        なので、よく浜辺へ行っていた頃は、車に、いつも蚊取線香が積んでありました。


        いつだったか、「もう、これを使うことなんて、なかなかないかな」と、
        車に積んであった蚊取線香や バレーボールなどを
        全部 片付けてしまった…
        それが いつだったのか、もう今はハッキリと思いだせないのです。
        この2~3年の間のことのはずなのに…


        今日セレクトした曲は 小椋佳さんの昔の曲…
        中学時代、小椋佳さんの詩集「思いこみ」を買って、
        静かな夜などは いくらでも「思い込み」に時間を消費していました…
        何か1つのことが誘因になって
        それまで ホントは見えていたけれど 見えてないフリしながらやってきたこと
        1つ1つ気にしてしまって前に進むエネルギーが失せる、こんなとき
        また 浜辺などで ひとり ギター弾きながら
        「思い込み」の時間を持てたらいいな…って

        ちょっと 思ってしまっているのかもしれません…

        まぁ、じきに元気になりますが(^o^)丿
        (てか、もう、すでに元気?(^_^;))


        …今宵もあなたに素敵な夢が訪れますように…。


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          | 小椋佳 | 19:02 | comments(10) | trackbacks(0) |- pookmark
          ○●○  盆がえり:小椋佳  ○●○
          道草8月7日、なんて、
          お盆までまだ1週間あるのに、
          高速道路の土日1000円制度の影響で、7日土曜日からもう、高速道路は帰省ラッシュが始まったそうで。

          前にも書いた、同級生のK君が帰省してきましたが、厚木から福井までの間、暑いわ、車は進まないわで大変だったようです。

          ちんは、お盆の間には帰って来ません。
          そのことで、また、義母との、「なぜ、どうして」の、やりとりがあるのかと思うと、お盆に茶戌の実家に行くのに気が重くなる私です。

          22日に茶戌が、大阪でやる親戚の結婚式に行くので、
          その時に私も、車で京都まで行って、
          サークルの合宿から帰ってきたちんと合流し、
          結婚式が終わった茶戌と3人で、車で福井に帰る予定。
          さっそく23日から、ちんは、2週間、ほぼ缶詰状態で、自動車学校に通います。
          久しぶりに、毎日、お弁当づくり。ちょっと嬉しい。
          でも。
          ちんは、自分でお弁当を作って学校に行く日があるようなので、
          前にちんのところに行った時に、
          家にたくさん買ってあった、お弁当作りに使うおかずカップなど、
          もう、これからあまり出番はないだろうに、どうしようか悩んでいた物たちを、ごっそり、ちんのところに持って行った。
          だから、久しぶりにお弁当づくり、となると、また少し、材料だけでなく道具まで買い出ししないといけない…。
          すっかり、朝の「楽」を覚えた私、毎日ちゃんとやれるのか、なんだか、自信ない。まるで、ちんが高校に合格して「ああ、これから3年間、弁当作りか…」と思った、あの頃のような気持ちです(汗)。

          結婚してからも、ほんの2〜3年前までは、実母も勤めていたし、
          私も、インターフェロンをガンガン打ってた頃は、自分の仕事と家事で精いっぱいで、実家に行く余裕がなかった。
          実家は車で15分程度のところなのに、ある意味、遠い場所だった。
          今の実家には中3の時に引っ越して、結婚までに10年くらい住んでいたのですが、
          幼いころと違って、家にいる時間が少なかったし、
          ちょうど私の結婚式の頃に1回と、
          その後、5〜6年前に1回、リフォームしたので、
          家の建物自体も、なんだか私には馴染みが薄く、行っても、「自分の家」という感じはありません。

          街並みも、昔は、田舎だからこそ、小さな商店がたくさんあって、
          こじんまりとはしているものの、「生活」の匂いがするところでした。
          でも今は、かなりのお店が、代が変わるのに伴って廃業してしまいました。
          昔は、お祭りの日などは、近所のお菓子屋さんの横を通ると、赤飯や大福のための、もち米を蒸す匂いがしたり、冬の水ようかんも大好きだったけれど、今はもう、若い世代は別のところに家を建て、お店どころか人が住んでさえ、いない。
          家々も新しくなったし、道路も、小道などは無くなって、代わりに大きな舗装道路が出来ていたりして、通学路でさえ、私の頃とは違うのです。


          それでも、やっぱり、あの土地では、少なくとも緊張感がない自分を感じている。
          どこか、ホッとしている気がする。
          今、住んでいる自分の家が、1番のリラックス場所なのですが、
          今住んでいる、この「土地」は、そうではないようです。

          そして、それを感じるたびに、たぶん、茶戌にとっても、その気持ちは同じだろうなと思うと、茶戌の実家のある土地は好きでも、あの家で義母と過ごすのが苦痛な自分を、申し訳なく思うのです…。
          もう少し、茶戌を、楽な気持ちで帰らせてあげられたらいいのに。
          どうして自分は、どうしても、義母を好きになれないのか、って…。


          今日、お届けする「盆がえり」は、昔から大好きだった曲。
          この曲の主人公の気持ちは、言葉どおりに解釈して聴いてきたけれど、
          さっきふと、実は、この人は、故郷から、いつもの日常の場所に帰るのを、
          私が今まで考えてきたほど、イヤな気持ちだけではないのかも…、と思いました。
          もちろん、故郷にずっと住んで、
          そこで生活していけるなら、それを望むのでしょうが、
          そうではない日常が、生活が、すでに確立されている。

          だとしたら、辛いけれど、
          「気ぜわしく汽車に乗り込んだ方がいい」のかもしれない、と…。

          長い連休があると、途中から「あと○日」と、数え始めて、
          せっかくの休みを、途中からは半分せつない気持ちで過ごしたりする私。
          この曲の主人公も、それに似て、
          日常に戻るのが本当につらくならないうちに、
          気ぜわしく汽車に乗り込むのかもしれない…。
          帰りの汽車は、また、「覚悟」を決める時間。
          故郷は、心地よい「ふところ」だけではなく、
          忘れなければならないものまでも、含んでいるとしたら…。


          まぁ、まだ「お盆休み」は始まってません(一部は始まってるようですが)。
          皆さま、楽しいお盆休みを…!
          そして、お盆休みなんてない方々、本当にお疲れ様です。
          どなたにとっても、良い日々になりますように…。


          …今宵もあなたに素敵な夢が訪れますように。


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            | 小椋佳 | 13:44 | comments(16) | trackbacks(0) |- pookmark
            ○●○  ただお前がいい:小椋佳  ○●○
            夕景正月に、幼馴染から電話がありました。私はいつものように年賀状を出したのですが、彼女は「今書いてるから!」って言う電話。
            彼女は京都に嫁ぎ、もう、長いこと会ってない。彼女のご主人は私の学生時代の先輩で、いつも実験で夜中や、下手するとオールナイトになる彼、コンビニもなかった時代、彼女はいつも、二人住まいの先輩の下宿へ、先輩とその同居人(同居人の先輩もまた、同様に実験で遅くなる人だった)の分と2人分の弁当を重箱に詰めては持って行っていたっけ。

            彼女は幼い時にお父様を亡くし、母子家庭で、3人姉妹だったけど、1番下の子は親戚に中学まで預かってもらってたほど、あまり経済的に恵まれた家の子ではなかった。
            お母さんは、お父さんが残した喫茶&スナックのお店を継いで、それで生計をまかなっていたので、学校から帰宅する頃にはいつもいない。
            お姉さんはもう高校生だったし、彼女はひとりの夜が淋しくて、いつも私に電話してきて、話しながら途中から返答がなくなって、「あ、もう寝たんだな」と、私が電話を切る、というのが常でした。
            私も、父が放蕩な人だったので、借金にまつわって夫婦げんかも絶えず、学校の集金も持っていけないような貧乏暮らしだったし、どこか似た者同士だったのかもしれない。
            亡くなった彼女のお父さんは、福井ではレコードも出していたような歌手だったので、彼女も、歌がとってもうまくて(正直、ドリカムの吉田さんとすごく似た歌声です)、私のギターと彼女の歌、いつも二人でハモってました。
            私が、中学校の時、ちょっとした「はずし」にあった時も、「あんな馬鹿な奴らなんか気にしなくていい」といって、唯一、私のそばにいてくれたのは彼女でした。

            久しぶりに話して、ホントに積もったいろんなこと話して…。
            切った後まで楽しかった。
            会う回数とか、話す時間の長さではないのです。
            私にとってやっぱり友達って呼べるのは彼女と、
            もうひとり、本当に幼い頃から近所で、銭湯もない田舎なのに風呂もない私が、
            時々「貰い湯」をして一緒にお風呂にまで入ってた、Aの二人だけ。
            Aとも、もうず〜っと会ってないし、電話もしていない。
            でも、何かあった時、頼みごとを出来るのはやっぱりAと彼女しかいないし、
            その二人の頼みごとならなんとしてでも協力する。

            電話を切った後、久しぶりにこの曲が歌いたくなって、もしかすると、私の今年のギター「初弾き」はこの曲だったかも…(←ほんの少し前のことなのにもう覚えてないのかよ!笑)。

            TVドラマ「俺たちの旅」で初めてこの曲を聴いた時から大好きだったのですが、小学生の私には「放物線」というのが分からなくて、中村雅俊さんが、なんと発音しているのか何回聞き返しても分かりませんでした。

            二人で石を投げながら、海や湖にでも行くことが今後もしあるとしたら、
            おそらくその時は、放物線の軌跡の上を、通り過ぎて来た青春のかけらが飛び跳ねることでしょう…。

            …今宵もあなたに素敵な夢が訪れますように。

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            JUGEMテーマ:70年代・80年代


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              | 小椋佳 | 23:04 | comments(14) | trackbacks(0) |- pookmark
              ○●○  時 : 小椋 佳  ○●○
              巻貝 今日は、1日ゆっくりとして、昨日、義母のお付き合いで疲れきった身体を休めました。
              福井も、いよいよ冬めいてきて、私の身体もますます固まってきているよう。
              まずは、この冬を乗り切ることが今の具体的目標です。

              今朝の朝刊(福井新聞)の、コラム欄(福井新聞では「越山若水」といいます)に、オシム監督の言葉が引用されていました。
              「オプティミズム(楽観主義)でいるには、人生は長すぎる」
              私も、ここまで極論はしませんが、似たような感覚を持っています。
              昔は、人生はいいことも悪いこともあって、最後にみんなプラスマイナス0になって帳尻が合うんだと思っていました。
              でも、最近は、そうでもないかもしれないなと思ったりしています。
              ず〜っと幸せに生きていける人もあれば、周囲から見てかわいそうなくらい頑張っているのに、これでもかこれでもかと運命の波にもてあそばれる人も。
              とにかく、刹那刹那を、なるだけ楽しく、幸せに感じながら生きて生きたいなと思います。

              こんな私のブログでも、毎日見てくださる人がいて、昨日更新をしなかったら、心配してメールをくれた方がありました。毎日のようにコメントしてくださる方もいます。
              また、楽天ブログ時代の方で、「最近元気がないように感じますが、いかがですか」とメールをくれた方もあり、本当にありがたくて、今日は嬉しい1日でした。

              「人生は長い」とオシム監督の言葉にありましたが、時の流れは時に無情に速く、時に無情に遅い。
              本当に、時に長さがあるなんて、誰が決めたのでしょうね。
              小椋佳さんの、「時」という曲の中の一節です。
              この曲は、中村雅俊さんも歌っていて、当時、シングルレコードを持っていました。
              B面の「慣れてしまったもの思い」という曲もとても良くて、何度も何度も聴いた記憶があります。
              私は、29歳で病気になってから、時間が止まっています。それから今日までの間の出来事は、全部覚えていられるくらいに穏やかに過ごしています。
              だから、昔のことも、よく覚えています。
              誰しもそうでしょうが、久しく逢っていない人は、最後に逢ったままの姿で自分の中にありますよね。そんな人には、今は逢いたくなかったりもします。
              相手の中でも、私は、最後に逢った姿で残っていたいし。

              結局、老いぼれていく姿を見せられるのは、茶犬とちんだけかぁ…。

              …今宵もあなたに素敵な夢が訪れますように。

                                            時 → 

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                | 小椋佳 | 22:26 | comments(7) | trackbacks(0) |- pookmark